龍太の句を拾う(12)

春の蟬村びと溶けむばかりなり 龍太

「雲母」昭和63年8月号。

「春の蟬」は蟬の中で最も早く鳴き出す蟬のこと。晩春の頃から山の松林などで鳴き出す。夏の季語である松蟬と同じ蟬であるが、鳴き出す時期をとらえて春蟬とよぶ。日を浴びて遠近に湧き上がるその声には、春の柔らかい情感がある。

掲句は春の蟬が鳴く好天のもと、畑に出たり道を通り過ぎたりする村びとの姿が、地に溶けんばかりに見えるとの句意。季節の推移に随順するような柔らかい春蟬の声は、この句の情景によく合っている。龍太自身も、村びとの一人としてこの地に溶けんばかりにして暮らしている。この時の作者の脳裏には、〈ふるさとの土に溶けゆく花曇 甲子雄〉の作があっただろう。掲句を句集に収めなかったのは、村びとが「溶ける」との把握の独自性に一抹の疑念があったからかも知れない。

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