今昔のこころゆききす春隣り 龍太
「雲母」昭和63年5月号。
この句には「二月某日、NHK教育テレビ「授業」といへるシリーズのため、母校境川小学校六年生としばしの時を過す。」との前書きがあり、併せ読めば句意は明らかだろう。当時68歳の龍太は、自らが小学生だった頃の自分と目の前の小学生たちを重ね合わせて、改めて経過した歳月の厚みを感じたのだと思う。
「今昔(こんじゃく)」は今と昔の意で、円熟期の龍太が好んだ言葉の一つ。句集『山の木』には〈枯山の月今昔を照らしゐる 龍太〉がある。また、『今昔』は第8句集の句集名でもある。『遅速』に収める作品を自選する際には、既に〈枯山の・・・〉の作があることから、敢えてこの句を選ばなかったのだと思う。確かに、この句に前書きがなければ、作者の思いは伝わるものの、輪郭がやや不明確なところがある作品である。