歳時記の秋の部には、桃、梨、柿、林檎、葡萄、栗、石榴、無花果、青蜜柑などが個別に掲載されているが、それらを総括的に「秋果」という。秋になると、庭先や果樹園に様々な果実がたわわに実り、店頭や食卓には色々な果物が彩り豊かに並ぶ。桃や梨のように夏の終わり頃から店頭に並ぶものと、柿や林檎のように秋の終わり頃から出回るものとがある。

歳時記の秋の部には、桃、梨、柿、林檎、葡萄、栗、石榴、無花果、青蜜柑などが個別に掲載されているが、それらを総括的に「秋果」という。秋になると、庭先や果樹園に様々な果実がたわわに実り、店頭や食卓には色々な果物が彩り豊かに並ぶ。桃や梨のように夏の終わり頃から店頭に並ぶものと、柿や林檎のように秋の終わり頃から出回るものとがある。

「多羅葉(たらよう)」は本州以南の暖地の山地に自生するモチノキ科の常緑高木。雌雄異株。庭や寺院にもよく植えられる。初夏の頃、葉腋に淡黄緑色の花を多数つける。花の後、雌の木には球形の実が赤く熟す。葉の裏面を棒などで傷付けると、その部分だけが黒く残る性質を持つ。なお、花も実も歳時記には掲載されていない。

「根深汁」は葱汁ともいい、葱の味噌汁のこと。土を盛り上げて根を白軟化させた白葱(根深)を使う。関西より関東で好まれる食味だ。
掲句は詩人・俳人である作者の言語観が窺える作品。作者はまだ湯気を立てている「根深汁」を前にして、「老いらく」という言葉を反芻している。「老いらく」は年老いること、老年の意味だが、作者を含め多くの人は、「老いらく」といえば「恋」を想像してしまう。「老いらくの恋」という語が一般化して、想像力が型に嵌まってしまっているのだ。もともとは、戦後間もない頃、当時老境にあった歌人川田順が弟子の女性と恋愛・家出し、〈墓場に近き老いらくの 恋は怖るる何ものもなし〉と詠んだことから広まったものという。それはともかく、掲句の「や」には反語の意味合いがあるだろう。それでいいのですか?との世間に対する問いかけである。言葉が固定化し、想像力が型に嵌ってしまっては、詩に未来はないからだ。言語表現にたずさわる者を𠮟咤する一句と言える。『俳句四季』2024年11月号。
秋の半ばを過ぎた頃に感じる寒さ。秋が深まるにつれて、朝夕や夜分には寒さを感じることが多くなる。秋の朝、夜に感じる寒さは、それぞれ「朝寒」「夜寒」であるが、「秋寒」は時分を限定しない寒さ。このほかにも「そぞろ寒」「肌寒」「うそ寒」など秋の寒さを表す季語は多い。

林に群生する茶色の茸。晩夏から秋にかけて広葉樹林の枯木、切株、立木の根元に群生する。公園や街路樹などでも見ることができる。楢茸(ならたけ)より味は落ちるが食用。楢茸は歳時記に掲載されているが、本種は掲載されていない。
