偽書といふ一書披けば蚯蚓鳴く

「蚯蚓鳴く」は、秋の夜、実際には発音器官のないミミズが鳴いているとする浪漫的な季語。空想的な季語だが、秋の夜更け庭先などから聞こえてくるコオロギなどの声にミミズの声も交じっていると思うと、秋の夜長の情趣が増すようだ。

掲句の「偽書(ぎしょ)」は手元にある岩波文庫の「花屋日記」で、「芭蕉臨終記」との副題がついているように、元禄7年秋の松尾芭蕉の終焉の様が直弟子の日記という体裁をとって記されている一書。正岡子規はこの書を読んで感動の涙をこぼしたという。この書が贋物であることは今では誰もが知っていることで、岩波書店もそれを承知の上で文庫本の一冊にしたのだが、創作として読めば誠によく書けていて、私には秋の夜長を愉しむのにうってつけの一書だった。当時偽書であることを伏せて世に出した著者の心のうちをあれこれと想像して、「蚯蚓鳴く」という季語に思い至った。平成26年作。

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