月のない夜空が、星明りで月夜のように明るいこと。月が出ている夜は、月の明るさで星本来の明るさがかき消されてしまうが、夜空に月がない新月の時期には、星の持つ本来の輝きを目の当たりにすることができる。

月のない夜空が、星明りで月夜のように明るいこと。月が出ている夜は、月の明るさで星本来の明るさがかき消されてしまうが、夜空に月がない新月の時期には、星の持つ本来の輝きを目の当たりにすることができる。

「小鳥来る」は秋に北方から渡ってくる小鳥たちや、留鳥であっても秋に山地から平地に下りてくる小鳥たちのことをいう。秋も深まった頃、庭先などで目にすることが多い。
掲句は朝の散歩の際に授かった一句。晩秋初冬の頃の関東近辺は、晴天が続いて清々しい季節。「坂東」は関東地方の古称で、足柄峠・碓氷峠から東方の地域のこと。関東地方、関八州などとも言うが、カントウという明るい軽やかなひびきより、バンドウという重厚感のあるひびきが気に入っている。どちらを用いるかは、句の内容にも依るのだろうが・・・。『郭公』の井上主宰には、「大らかな坂東讃歌であろう。」と鑑賞していただいた。令和5年作。
玉簾(たますだれ)は南米原産のヒガンバナ科の多年草で、明治初期に日本に渡来。庭先や公園などで栽培される。晩夏初秋の頃、細長い線状の葉の間から伸ばした花茎に白い六弁花を上向きに咲かせる。

枳殻(きこく・からたち)は中国原産のミカン科の落葉低木。奈良時代以前に渡来し、当初は薬用として栽培されていたが、後に野生化し、本州中部以南の暖地の山中に自生する。夏に白い花が咲いた後青い実を結び、晩秋の頃黄熟する。食用にはならないが、未熟な果実を乾燥させたものが薬用となる。果樹栽培において、柑橘類の台木として枳殻が使われることが多い。

緑の木々に覆われた夏の山を「青嶺(あおね)」といい、夏の岬を「青岬」といい、百草の生い茂った野原を「青野」などという。
掲句は長野の野辺山高原での作品。滞在中明け暮れ聞こえていたのは、遠く近く鳴くホトトギスやカッコウの声だった。いずれも托卵(たくらん)の習性をもつ鳥だ。托卵は、自分では巣を作らず、他の鳥の巣に卵を産みつけて、その鳥に抱卵・育雛させること。ホトトギスやカッコウの声が変幻自在に所を変えるのは、その習性のためかも知れない。折から高原は緑滴るばかりの初夏の装いだった。令和6年作。