「良夜」は陰暦8月15日の中秋の名月の夜をいう。鮮やかに中天に上る月を仰ぎ、清明なる夜を楽しむ。
掲句は、長野の野辺山高原での作。月下に佇みながら、現に滞在している南牧村と周辺の原村、川上村、南相木村などの南信の村々やそこに生活する人々、それぞれの村を隔てている山の連なりを思った。隣接していながら迂回しなければ行き来ができず、また、山々に遮られて直接遠望もできないというのは、山国特有の生活感覚なのだろう。清らかな月明かりが、私の想像を膨らませてくれたのだと思う。令和4年作。
「良夜」は陰暦8月15日の中秋の名月の夜をいう。鮮やかに中天に上る月を仰ぎ、清明なる夜を楽しむ。
掲句は、長野の野辺山高原での作。月下に佇みながら、現に滞在している南牧村と周辺の原村、川上村、南相木村などの南信の村々やそこに生活する人々、それぞれの村を隔てている山の連なりを思った。隣接していながら迂回しなければ行き来ができず、また、山々に遮られて直接遠望もできないというのは、山国特有の生活感覚なのだろう。清らかな月明かりが、私の想像を膨らませてくれたのだと思う。令和4年作。
陰暦7月15日の月。陽暦では8月18日前後で、盂蘭盆の頃である。普段故郷を離れて生活する人にとっては、盆休みに生家に帰省し、故郷で今は亡き肉親を偲びながら仰ぐ月でもある。残暑厳しく、夜になっても団扇を手にしながら仰ぐことが多い。

キク科アザミ属の多年草。山中の砂礫地に自生する。初秋の頃、紅紫色の筒状花を下向きに咲かせる。関東・中部地方に分布し、特に富士山の周辺に多い。花の大きさは6~10センチで、日本産の薊の中では最大。

季語「涼し」は、暑い夏の一日の中で、思いがけず覚える涼しさをいう。
掲句の「身を鎧(よろ)ふもの」は何だろう。「鎧う」は鎧 を着たり、甲冑 (かっちゅう) などをつけて武装することから、より抽象的に何かを身にまとう意に意味を広げてきたので、この句で作者が身に鎧っているものも、社会的地位や俳人としての立場、世間体への顧慮などさまざまに解釈できる。いずれにしても衣服など目に見えるものに限らないことは確かだ。作者は、日頃身に鎧っているものを外してありのままの自分に還って涼んでいるのだ。俳句には具象的に描き出して成功する場合と、抽象的に表現して成功する場合があるが、掲句は後者の一例。『俳壇』2024年9月号。