本句集は飯田蛇笏の生前に刊行された最後の句集であり、昭和二十七年から三十年までの四年間の作品を収める。
子息の戦死、病死から数年~十数年が経過しており、収められている作品群の印象は静謐だが、読み進んでいくと、作品の中から作者の心情の揺れが見えてくる。
こころなごみゆく地の起伏冬日和 蛇笏
後山からの境川村一帯の眺望だろう。歳月が作品に和みの表情を与えている。戦後間もない時期に刊行された句集『春蘭』所収の
冷やかに人住める地の起伏あり 蛇笏
と比べると、歳月の経過による癒しが、季語「冷やか」「冬日和」の違いとなって表れているようだ。
凪ぎわたる地はうす眼して冬に入る 蛇笏
おく霜を照る日しづかに忘れけり 〃
春めきてものの果てなる空の色 〃
冬といふもの流れつぐ深山川 〃
掲出の第一句、第二句からも、同様の静謐さを感じ取ることができる。いずれも擬人法による作だが、例えば第一句の「うす眼して」には、立冬の頃の凪ぎわたった郷里を眺望したときの印象として、不思議なリアリティがある。同時に、私は一読、静かな日差しの中で四囲の自然に溶け込んでいる、半ば瞑想風の山廬主人を思い浮かべる。
一方、第三句、第四句には、「うす眼」というよりも、対象と向き合う気魄が感じられる。第三句で遥かな「ものの果て」に及ぼしている視線は、第四句では身辺の深山川に注がれている。第三句には、遠景と蛇笏の胸中の浪漫的な想念の一体化があり、第四句では、「深山川」とともに過ごしてきた歳月がそのまま作品の重みになっている。
本句集には、精妙な写生の妙を示した次のような作品もある。
蜂とぶや鶴のごとくに脚をたれ 蛇笏
ひなげしのにこ毛の蕾花に添ひ 〃
うす影をまとうておつる秋の蝉 〃
具象から抽象へ向かおうとする想念と対象への具象的な踏み込み、すなわち具象と抽象との間の拮抗の中に、蛇笏作品のリアリティの根源があるようだ。
また、次の作品は、静謐な詩情の中に時折顔を出すごつごつとした巌のようなものだろう。それは、ときに戦時の記憶であり、逆縁の悲しみであり、漠とした憂愁である。
雪幽くつのりて軍靴湧くごとし 蛇笏
神は地上におはし給はず冬の虹 〃
逝くものは逝き冬空のます鏡 〃
空林の霜に人生縷の如し 〃
冬の風人生誤算なからんや 〃
雪の果征旅の二児は記憶のみ 〃
歳月をたのしまざりき冬の山 〃
表情や濃淡は様々だが、いずれの句にも、人生における喪失感とでも言うべきものが感じ取れる。また、掲出の第三句は、龍太の次の作を思い起こさせる。
去るものは去りまた充ちて秋の空 龍太
詠われているのは両句とも澄明な空だが、そこに込められている作者の内面の風景には大きな違いがある。龍太作品の「秋の空」は、去るものが去ったあとまた充ちてくる空であり、自然にも人事にも解釈でき、一抹の寂しさに親しみと爽やかさを伴っているが、蛇笏作品においては、「逝くもの」のあとの大きな空虚を充たすものは何もなく、真澄みの空には人間的な温もりを絶った青さがある。それは、
老鶴の天を忘れて水温む 蛇笏
などのこの時期の作品にしばしば詠まれる「天」の象徴的、抽象的な味わいとともに、作者の心の在り処を示しているようである。
年古く棲む冬山の巌も知己 蛇笏
郭公啼くかなたに知己のあるごとし 〃
これらは、『椿花集』所収の
山中の蛍を呼びて知己となす 蛇笏
と同様、山中の自然を友とする心情であり、前掲作品の「冬空」の非情さと表裏する心の動きを示している。
淡々と夕影しみる稲の出穂 蛇笏
月光のしみる家郷の冬の霧 〃
秋蝉のこゑ尻しみる山郷土 〃
掲出の第二句は本句集の題名のもとになった作品であり、句集『雪峡』所収の
老いがたくこころにしみるはつみそら 蛇笏
とともに、「しみる」と言う措辞が、この時期の蛇笏の心に適う言葉の一つだったことは疑いない。平穏に過ぎていく晩年の日常の中で、月光や秋蝉の声や「はつみそら」を心の深くでひえびえと受け止めているのだ。
以上のように、作品をとおして作者の心情に思いを及ぼしていくと、次の諸作などは、単に眼前の対象を写生したものとは思われない。
春の露巌貌恍とありにけり 蛇笏
痩せし身の眼の生きるのみ秋の霜 〃
金輪際牛の笑はぬ冬日かな 〃
これらの恍とした巌や決して笑わない牛はこの時期の作者の心情と重なってきて、作者その人を彷彿とさせる。