没後の平成21年に刊行された『龍太語る』(山梨日日新聞社)は、平成4年の「雲母」終刊後、記者らが龍太から聴き取った談話をまとめたものだが、その中に、龍太の内面や美意識が、連衆との交わりよりも孤心に傾斜していることを窺わせる件(くだり)がある。
「今の俳句結社は、俳句を通じた親睦団体に近いものがある。・・・僕はそういうつきあいが好きでない。」
「永井さんは、俳句は好きだったけど、俳人は嫌いだった。」
「山桜は山中にポツンポツンと咲く。群れないのがよい。」
以上のうち、最初の談話は、「僕はそういうつきあいが好きでない。」とストレートに自らの好尚を吐露している。
また、二番目の談話は小説家永井龍男について述べたものだが、間接的に自らの好尚を語っているようにもみえる。
さらに、三番目の談話についても、山桜のことを述べながら、暗に、人事全般の在りように関する好尚を語っているようだ。
これらの談話を併せ読むと、龍太の内面における孤心への傾斜が明らかに浮かび上がってくる。そうだとすると、
またもとのおのれにもどり夕焼中(平成4年)
という「雲母」終刊号に発表された作は、一俳誌の主宰としてその主宰誌を終刊にする決意を表明したというだけでなく、連衆の中で詠み、読まれながら作品評価が定まっていく一種の集団文芸である俳句との訣別の思いを潜めた作なのではないだろうか