燕の句の青春性

飯田龍太の第一句集『百戸の𧮾』は、昭和28年までの256句を収めて29年に刊行された。

春すでに高嶺未婚のつばくらめ(昭和28年)

つばくろの甘語十字に雲の信濃( 〃 )

 掲出の第一句は逆年順に編まれている本句集の巻首(28年・春の部)に、また、第二句は同年の夏の部の巻首に置かれている。

 これらは、その内容とともに、置かれている位置からも、句集の清新なイメージを決定付けた作品である。

 第一句は、恐らくは郷里にあっての作品であり、第二句は、「志賀高原行」との前書きが付されているように旅吟であるが、この二句の読後の感銘にはさほどの違いはない。後年の、

かたつむり甲斐も信濃も雨のなか(昭和47年)

のように、作者にとって隣県の信濃は、自らの風土の言わば外延をなしている。一方は、巡り来る季節の中で故郷の空に燕を迎えたことによる心の昂り、他方は、旅先の空に燕を見掛けた旅心の昂揚だが、いずれも詩心の高揚感に支えられた作である。

 両句の特徴は、いずれも中七の「高嶺未婚の」、「甘語十字に」とのやや生硬な措辞にある。この措辞を構成する個々の言葉は龍太の造語ではないが、「高嶺」と「未婚」とを、また、「甘語」と「十字」とを結び付けたところに、強引さと新鮮さを感じるのは私だけではないだろう。そこには、龍太作品の際立った特質の一つとして指摘される「心の機鋒、利心、あるいは剣気とでもいうべきもの」(大岡信)が顕れている。

 同様の特徴を示す作品は枚挙に遑ない。

兄逝くや空の感情日々に冬(昭和23年以前)

山の手の富に照る陽と冬かもめ(昭和28年)

 第一句の「空の感情」との措辞は、やや強引な異質の言葉の組み合わせだが、この句には、「つづい三兄シベリヤに戦病死」との前書きが付されており、肉親を喪った作者の哀しみを念頭に置くと、「空の感情日々に冬」の措辞に、雲の垂れ込めた寒々とした空が、作者の心象風景として見えてくる。

  一方、第二句の「山の手の富」に陽が照っている情景と「冬かもめ」との取り合せは斬新だが、「山の手の富」との措辞の提示するイメージが抽象的で曖昧なため、表現の意図が一読十分に汲み取れない憾みがある。

  造語すれすれのこの大胆な言葉の結合は、龍太作品、ことに成功作にあっては、自然観照の確かさに支えられていることを指摘しておきたい。例えば、前掲の「春すでに」の作は、渡ってきた当初は、人界に寄り付かないで高空を飛翔する燕に対する確かな観照に支えられている。

咲きいでし花の単色夏に入る(昭和24年)

月暈のうす紅さして冬迫る(昭和25年)

紺絣春月重く出でしかな(昭和26年)

 これらの作のように、自然観照の確かさを示す作品は、句集の初期作品から随所にみられる。第三句についてみると、眼前の「春月」から「紺絣」への飛躍は、幼時の記憶に関わる想像力によるものであるが、作者の想像力の根底には、自句自解で山国の春の月に「清潔な色気」を指摘しているように、「春月」に対する作者の確かな観照がある。

 ただし、自然観照の確かさが、本句集の多くの作品では、具象的な描写に向かわずに、言葉や観念の斬新で尖鋭的な組み合わせを伴っているため、作品の表面に表れている斬新さに目を奪われがちなことは注意すべきだろう。

 このような作品には試行錯誤が伴うが、俳句という表現の場において新を求め、表現の領域を広げようとする作者の若々しい志向の表れであり、それは次の句集『童眸』に引き継がれて行くことになる。

 さて、本句集で燕を詠んだ作品は前掲の二句以外にも、

野に住めば流人のおもひ初燕(昭和24年)

秋燕の虚しきまでに日の温み( 〃 )

秋燕に満目懈怠なかりけり(昭和26年)

群燕にあかつきの灯のしのびやか(昭和28年)

白樺の雨につばめの巣がにほふ( 〃 )

などがある。

   まず、前掲の「甘語十字」の作が、措辞の面での先鋭さを示しているのに対して、掲出の第四句、第五句などは、後年の

どの子にも涼しく風の吹く日かな(昭和41年)などに代表される、把握、表現ともに平明でやわらかな、読者に余分の負担を掛けない作品の部類に属する。

 また、第一句のように故郷に対する否定的な情感を表出した作品と、第三句のように故郷にあって四辺に爽やかな眼差しを向けた作品との違いは、作者の内面の振り幅を示しているが、時の経過に伴う作者の内面の変化を示しているようにも思える。また、第一句では、「野に住めば流人のおもひ」との故郷に対する苦い感情の表出と「初燕」の初々しさが一句の中に対置されており、作品の陰影や奥行きを深めている。 

わが息のわが身に通ひ渡り鳥(昭和26年)

露の村墓域とおもふばかりなり( 〃 )

 このような詩情、表現の剛柔、内面の明暗の振り幅の中に、後年の龍太俳句の原型を見ることができる。それと同時に、この時期の作品の振り幅の大きさは、青春(晩期)の揺れやすい心を暗示しているようでもあり、本句集の、恐らくは作者自身も意図していなかった魅力の一つになっている。


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