龍太は、芭蕉や蛇笏と旅との関わりについては度々書いているものの、自身にとって旅はどのようなものだったのかについてはほとんど何も語っていない。したがって、龍太における旅の在りようについては、旅中の作品や、「旅吟の旅先に行ったら、他郷は故郷のごとく詠え。」、「旅吟となると、・・誰もが見、誰もが感ずるにちがいないかもしれないが、今の印象としては、これ以外に言い現す手だてはないと思い定めたとき、作品に光がさす。」などのいわゆる龍太語録から読み取ることになる。これらの語録は、龍太にとって、旅が、蛇笏の場合とは異なったものだったことを窺わせる。
以下では、龍太の旅吟を鑑賞する前に、定住する故郷にあっての蛇笏、龍太の日常詠における詩情の質の違いをみておきたい。
春めきてものの果てなる空の色 蛇笏
いきいきと三月生る雲の奥 龍太
掲出句は、いずれも昭和28年作であり、故郷にあって春の到来を詠った父子による競作の感がある。両句とも、長い冬を経て春を迎えた山国人の喜びがのびやかに表出されているが、蛇笏の視線が、遙か彼方の「ものの果て」に向けられ、自ずから旅や遥かなものへの憧憬が表れているのに対し、龍太の視線は、故郷の春のよろしさを代表する三月の雲に向けられている。
蛇笏は、定住、土着の俳人である一方で、「生涯旅を夢みつづけた浪漫のひと」(飯田龍太『ふたりの場合』)であり、その二つの相反する要素の緊張関係を内面に抱えていたことが、蛇笏における「老いがたき」詩情の根底にある。
葉むらより逃げ去るばかり熟蜜柑 蛇笏
荒潮におつる群星なまぐさし 〃
などの最晩年の作品はそのことをよく示している。
これに対して、龍太は、故郷における定住、土着の常凡の生活の内によろしさを見出だしており、旅は愉しみの一つではあったが、自らの内面の均衡を保つ上で必須のものではなかったと思われる。
涼新た白いごはんの湯気の香も(昭和53年)
「ごはん」は常食として毎日のように食膳に上るものであり、そのような日常接する対象に詩を見出していく姿勢の根底には、俳句を「木綿の肌着のようなもの」、「普段着のまま身辺を見、移りかわる自然を新鮮に感受する詩」とする作者の俳句観がある。郷里における自適のくつろぎの中にあって、日々に接するささやかな対象に詩因、ひいては生きる喜びを見出している。
山住みの奢りのひとつ朧夜は(昭和60年)
円熟期の龍太にとって、「山住み」、すなわち故郷への定住、土着は桎梏ではなく、逆に、「奢り」と感じられていた。そのような作者にとって、旅は憧れと言うよりも、日常の延長線上にあって自然体で愉しむものだった。本稿の冒頭に引用した旅吟についての龍太の語録はそのことをよく示している。
蛇笏の日常詠には、
家人みな句ごころありて夏燈 蛇笏
わらんべの溺るゝばかり初湯かな 〃
のように家居の幸福感が表出された作も例外的にはあるが、多くの場合、その詩情の質は概ね自適のくつろぎから隔たったところにある。
夏雲むるるこの峡中に死ぬるかな 蛇笏
昭和14年の作。この句は、故郷に終生住み続けるであろう自らの行く末を見通し、肯定している作であるが、下五の「死ぬるかな」の詠嘆を含んだ断定にまつわる悲壮感を否定することはできない。自らの運命を見詰める作者の眼差しに曇りはないが、決して明るいものではない。
故郷にあって家を守り、長子としての責任を全うしようとする作者の意思には揺るぎのないものがあったが、明治末年の帰郷、そしてその後の土着者としての歳月について、龍太のように「奢り」と受け止めるには至っていないことが窺える。
さて、戦後の蛇笏、龍太の作品の中には、幾つかの類似の句がある。
逝くものは逝き冬空のます鏡 蛇笏
去るものは去りまた充ちて秋の空 龍太
冬の風人生誤算なからんや 蛇笏
冬青空ひとに誤算は常のこと 龍太
いずれの場合も、両者の作の包含する情感は対照的である。龍太は、作句に当たり、蛇笏の句を意識しつつ同様のモチーフを用いながら、作品のもつ情感、色調を暗から明に反転させようと試みたのではないだろうか。
第一句、第二句の「逝くもの」、「去るもの」との漠とした表現は、自然詠とも人事を詠ったとも解釈でき、いずれも自由で幅広い読みが可能である。しかし、第一句の「逝くもの」に何を想像するにしても、冬空の非情なまでの澄みと青さから、一読、作者の透徹した悲しみが否応なく伝わってくる。「行く」や「去る」でなく、「逝く」という人の死を連想させる措辞を用いていることも、この句のもつ印象を決定づけている。一方、第二句には、対照的に、爽やかで明るい印象がある。
また、掲出の第三句の「人生誤算なからんや」との腹の底から絞り出すような声調からは、人生に「誤算」が付き物であることを自らに言い聞かせている作者の孤心が感じ取れる。一方、第四句には、人生に付き物の多少の「誤算」を「常のこと」として許容しようとする作者の余裕のある心の在りようがみえる。
これらの作における心象風景の対照的な違いは、人生の起伏の中で戦時の経験が両者の内面に与えた傷の深度にも関わっていると思われる。
歳月をたのしまざりき冬の山 蛇笏
冬の空こゝろのとげをかくし得ず 〃
冬川に出て何を見る人の妻 〃
いずれも戦後の作品である。作者が内面に抱えている憂悶が直截に、或いは、対象に仮託されて表出されている。