龍太と雲(4)

恋猫に篠竹群を疾風過ぐ(昭和44年)

騒然と柚の香放てば甲斐の国(〃)

  これらの作品は、前回鑑賞した「一月の川」の句と同時期の作である。いずれの句にも、風や匂いの感触によって素材のもつなまなましい存在感が鮮やかに掴み取られており、龍太俳句の振り幅の大きさが改めて思われる。

  掲出の第一句では、恋猫の季節の荒々しい風の感触が、篠竹群を鳴らして吹き抜ける疾風によって捉えられている。

 また、第二句は、作者の共感覚的な素質が窺える作品。柚子の匂いを「騒然」と形容することより、竹竿などで打ったときのその香の強烈さがありありと感じ取れる。

 対象の匂い、色彩などを五感で鋭敏に捉えてその真に迫ろうとする特質は、龍太俳句の初期の頃からのものである。

花栗のちからかぎりに夜もにほふ(昭和27年)

いきいきと三月生る雲の奥(昭和28年)

炎天に筵たたけば盆が来る(昭和42年)

  これらの句の「花栗」、「雲」、「筵」は、実物、実景以上にいきいきとその生命力を発散させている。

 掲出の第三句については、「泥臭い句だが、私の場合は、もっとこの泥臭さがあっていいと思っている。元来、俳諧それ自体が泥臭いもので、芯ばかりにしてしまっては折角の風味に欠ける。」との自句自解がある。俳句が「泥臭い」とは、作中において、素材が、その本来もつなまなましさを発散させていること、という程の意味だろう。また、俳諧それ自体が「泥臭い」とする自句自解の一節には、俳句の伝統に対する龍太なりの受け止め方があろう。それは多分に直感的なものかも知れないが、私なりに敷衍(ふえん)すると、

〈俳諧は、正統の連歌から分れて生まれた、もともとは滑稽や戯れを主とした文芸だった。それを高次の文芸に高めたのが蕉風の俳諧だが、いずれにしても、俳諧における対象の把握や表現は、連歌におけるような固定化、様式化されたものではなく、自由で実感に即した把握により、素材に即してそのなまなましさを作品に生かすことが、俳諧の俳諧らしいあり方だ。〉

とこんな風だろうか。

  前掲の「炎天」の作についてさらに付け加えれば、この句の「筵」は「蚕筵」であり、一読、筵を叩いて舞い上がる養蚕の塵埃につつまれる。盆を迎えようとする養蚕農家の日常が、「筵」を叩く音、舞い上がる塵埃のにおいなどにより、臨場感をもってなまなましく伝わってくる。この句や

刃を入れしものに草の香春まつり(昭和42年)

の作などの郷土の営みを詠んだ諸作には、作者が定住、土着している「郷土の厚み」(金子兜太)がしっかりと抱き取られている。

 一方、前述のように、中期以降の龍太俳句においては、全体として、「泥臭さ」よりも、「ことばが純化して、素材のなまなましさを拭い去り、純度の高い、光沢のある詩語に変っている。」(平井照敏)との評が当てはまるような作品へと句風が変遷してきていることは否めない。



,

コメントを残す