龍太と雲(2)

いきいきと三月生る雲の奥(昭和28年)

  この句では、しっとりと潤いのある雲の白さが、山国の春の到来を印象づける景物の一つとして讃えられている。この句は「土着性が句の中央に一本通って」いるとして、山本健吉が称賛を惜しまなかった作である。この句の「雲」は、どこかから流れて来て、どこかへ当てもなく彷徨っていく雲ではない。山国の風土を象徴する景物として、作者と切っても切れない関係にある雲である。

 この句は、故郷の峡中に定住した俳人によって詠われた「雲」による春の誕生の賛歌だろう。この句からは、山国にあって、春(三月)を迎えるまで過ごさなければならない寒く長い冬、そして、その間作者が抱き続けている待春の心といったことも思われる。この句の「雲」には、時には雷を孕んだり温かい雨を降らせたりしそうな生気がある。

雲のぼる六月宙の深山蝉(昭和43年)

  前掲の「いきいきと」の作からは十数年が経過しているが、この句の「雲」も、「いきいきと」の作と同様に風土に根ざした雲である。 「六月」という季節は、梅雨どきでもあり、明暗の振り幅が大きく、それをどのようにイメージするかは、実作者によって、また、作句の契機によって多様な幅があり得るが、作者は、「雲のぼる」情景により「六月」という季節を形象化した。この句の「雲のぼる」情景には、梅雨時の鬱陶しさよりも、梅雨晴れの日差しが感じられる。

六月や峰に雲置あらし山              芭蕉

 この句の「六月」は旧暦であり、新暦では七月の梅雨明けの頃の「あらし山」の満目みどり滴る風景が眼前する。一方、龍太の句の「六月」は新暦であって、両句の季節の様相は若干異なるが、どちらの句も、夏の鬱勃たる生気を捉えている。

白雲のうしろはるけき小春かな(昭和60年)

  この句は句集『遅速』に収められており、当時作者は六十五歳。前掲の「雲の峰」などの初期作品や「いきいきと」の作からは三十余年の歳月が経過しているが、作者が雲に寄せる親しみの情には変わりがない。

 「はるけき」には、空間的、時間的、心理的な意味合いがある。この句では、第一義的には空間の広がりを意味するだろう。この空間の広がりにどのような情景を想い描くかは、読者の自由な想像に任されている。「白雲」とその後ろにひらけている大きな空間以外は、この句には描かれてはいないし、色彩的にも、「白雲」に小春日の淡い光が差しているだけの単明な句柄である。この句を作者に即して鑑賞すれば、北から風に乗って飛んできた白雲の後ろに、諏訪口、さらにその先の遥かな空間がひらけている様が想い浮かぶ。初冬の穏やかに晴れわたった日に、自邸(山廬)の裏手の高みに立って、空間の広がりに目を遊ばせている作者の姿が彷彿する。

 加えて、この句の「はるけき」には、時間、それも未来よりも過去、作者がこれまで過ごしてきた歳月への思いが重ねられているようだ。「うしろはるけき」という漠とした措辞によるイメージの広がりの中で、目立たない形で時間の要素が作品に溶け込んでいる。 時間がモチーフになっている作品としては、次の虚子の句がよく知られている。

去年今年つらぬく棒のごときもの      虚子

  この句では、年末年初の時の推移が、「棒」のイメージとして読者に提示される。前掲の龍太作には、過ぎ去った歳月への愛惜の思いを感じ取ることができるが、虚子のこの句が形象化している時間は、何ら感傷も愛惜の念も帯びていない。それは、個々の人間のささやかな営みや喜怒哀楽を無視するかのように、飴のようにのっぺりと延びている。この非情さは虚子の一面だろう。一方、「白雲」の句における「はるけき」想いの行きつく先には、幼少年期に始まり肉親との死別を含む様々な思い出があり、これらの思い出を含めた歳月の起伏は、作者にとって決して平坦なものではなかったと思われる。しかし、掲出句には、その緩やかな声調からも、来し方のあれこれを慫慂として受け入れ、肯っている作者の心情が感じ取れる。

おく霜を照る日しづかに忘れけり      蛇笏

  この句にも、前掲の龍太作と同様、作者の静謐な息遣いが感じ取れ、作品の背後に経てきた歳月への思いを潜めているが、この蛇笏の句には、龍太作と異なり、過ぎ去った月日に対する愛惜の思いというよりも、来し方の自分自身を含めて、過去を忘れ去りたい心情があるようだ。「忘れけり」には、そのような作者の心的傾向が表れている。 いずれにしても、初冬の穏やかに晴れわたった日は、人の心を来し方の遥かなところまで誘うものなのだろう。

   おなじく          山村暮鳥

  おうい雲よ

  ゆうゆうと

  馬鹿にのんきさうぢやないか

  どこまでゆくんだ

  ずつと磐城平の方までゆくんか

  ある時                           同

  雲もまた自分のやうだ

  自分のやうに

  すつかり途方にくれてゐるのだ

 いずれの詩も、詩集『雲』に収められている。詩「おなじく」においては、雲に呼びかける形をとって、その流れ行く先を問うている。雲は、当時臥床の日々を過ごしていたこの詩人にとって、知己というより分身のような存在だった。掲出の詩には季節を限定する言葉は用いられていないが、特に前詩は、時間の流れが緩やかに感じられるところから、春も深まった頃であろうか。呼びかける作者にも、呼びかけられる雲にも、ゆったりとした時間が流れているようだ。掲出の詩から即座に思い浮かぶのは、

春の雲人に行方を聴くごとし(昭和36年)

だろう。暮鳥の詩とは逆に、この句では、雲が人に呼びかける形をとっているのだが、いずれの作品にも駘蕩とした暮春の気配がある。

 一方、前掲の龍太の「白雲」は小春日和の雲であるが、暮鳥の雲と同様に、急くこともなく茫洋とした時空の中に浮んでいる。暮鳥の雲は、行く先に「磐城平」などがあって、作者の関心は雲がどこから来たのかにはなく、流れ行く先にある。これに対して、龍太の「白雲」の句においては、流れ行く先ではなく、その「うしろ」にひらけている空間、ひいては経てきた月日に焦点がある。

 龍太の「白雲」は過去からの時間の流れを負っており、もはや雨を降らせたり、雷を孕んだりするなまなましい雲ではない。そして、どこか、この世とかの世を自由に行き来しているような自在さ、軽やかさを備えている。それは、潤いを含んだ春の雲でも生気の漲る真夏の入道雲でもない、今にも青空に溶けてしまいそうな風情で浮んでいる初冬の雲の印象でもあろう。しかし、この句の「白雲」の印象は、単に「小春」という季感から導かれるものではなく、そこから作者の心の姿を読み取ることができるように思う。

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