薔薇(ばら)の芽は品種によって色も形もさまざまだが、朱色のものが一般的だ。しばらくは固さをとどめているが、陽光のもと、ゆっくりと芽が解れていく。
掲句の「みどりご」はその年の2月に生まれた長男の長女。私にとっては2人目の孫に当たる。薔薇の芽は、いったん動き始めると生長が早く、たちまち葉を広げていく。その生命力の強さを目の当たりにして、生後間もない「みどりご」のことを思った。「みどりご」は漢字では「嬰児」だが、敢えて仮名書きにした。令和4年作。
薔薇(ばら)の芽は品種によって色も形もさまざまだが、朱色のものが一般的だ。しばらくは固さをとどめているが、陽光のもと、ゆっくりと芽が解れていく。
掲句の「みどりご」はその年の2月に生まれた長男の長女。私にとっては2人目の孫に当たる。薔薇の芽は、いったん動き始めると生長が早く、たちまち葉を広げていく。その生命力の強さを目の当たりにして、生後間もない「みどりご」のことを思った。「みどりご」は漢字では「嬰児」だが、敢えて仮名書きにした。令和4年作。
立春を過ぎても、本格的な春の訪れはまだ先で、冬の名残の寒さが残っている頃をいう。明治以降使われ始めて定着した。日差しは強くなるが風は冷たく、時には真冬の寒さが戻ったりする。「早春」よりも主観の入った季語。

「いたちぐさ」は連翹(れんぎょう)の古名。仲春の頃、葉に先立ち、黄色の筒状花を群がり咲かせる。
掲句は就寝中に「地震(ない)」で目が覚めた後、どこかに不安を抱えたまま浅い眠りの夜が明けてきたときのことを句にしたもの。夜半にひと揺れあった後、幸い余震はなく何事もなく夜が明けてきた安堵感が、折りから庭先に咲いていた連翹の明るさに重なった。連翹には、大地に根差して咲く花のもつ明るさがある。令和5年作。