「早梅」はウメの種類ではなく、立春前に早く咲き出した梅のこと。「梅早し」ともいう。また、「探梅(たんばい)」は、早梅をたずねて山谷を歩き回ること。山野を歩いていると、南向きの日当たりのよい斜面などで咲き始めた早梅を見かけることがある。


「久女の忌」は1月21日。杉田久女は明治23年鹿児島生まれ。高浜虚子に師事し「ホトトギス」で活躍したが、俳句への一途な情熱と直情径行の個性は周囲の理解を得られず、ホトトギス同人を除名され、失意のうちに昭和21年のこの日、筑紫保養院で病没した。
掲句は、咲いていたときの姿を保ったまま枯れた草の姿に、久女の悲運の生涯を重ね合わせた作品。「名草枯る」といっても実際に句に詠むときは具体的な草の名前を詠み込むことが多い。私が実際に目にしたのはすっかり枯れて色の失せた鶏頭だが、「枯鶏頭」では草の個性が出過ぎて表現したいことが伝わらないと考えた。令和5年作。
地中海沿岸原産のヒガンバナ科の多年草で、関東地方以西の海岸近くに自生するほか、観賞用として公園や庭に植えられる。晩冬の頃、葉の間から直立した花茎に、数個の花を横向きにつける。白い花の中心に黄色い副花冠があるラッパ形のもののほか、八重のものなどがあり、すがすがしい芳香をもつ。

「春の海」の傍題。長かった冬が終わって、明るく長閑(のどか)な春を迎えた浜辺。海は陽の光を受けてきらめき、柔らかな風が頬を吹き過ぎる。

「枯木」(冬季)は、枯死した木ではなく、冬に葉を落として枯れたように見える木のこと。落葉樹の冬の姿だ。
掲句は、常磐木(ときわぎ)すなわち常緑樹と落葉樹の冬の姿の違いに興を感じての作品。落葉樹が葉を落とすさまは、寂寥感に一抹の華やぎの交じる晩秋初冬の明るい光景。落葉樹が何もかも捨てて裸木となってそこに立ち尽くす姿は本格的な冬の到来を感じさせる。一方、常緑樹は日々の寒気にくすんだような色合いを呈しながら、そのままの姿で冬を耐え抜く。このような木々の姿には、生き方の違いまで感じられて興味深い。令和4年作。