嚙み当つる身のおとろひや海苔の砂 芭蕉 元禄4年作。初老を過ぎた者に共通の体験と心理を詠んだ作品。当時48歳の芭蕉は同年3月末まで故郷伊賀に逗留していた。海苔に混じっていた砂を噛み当てたときの何とも言えない嫌な感触を、衰老の嘆きに結び付けている。
衰ひや歯に喰ひ当てし海苔の砂 芭蕉 元禄5年刊行の車庸編『己が光』には、この形に推敲された。上五で「衰ひや」と老いの感慨を端的に表出した後、中七下五で歯の一瞬の感覚に集中した具象的イメージを提示した。
嚙み当つる身のおとろひや海苔の砂 芭蕉 元禄4年作。初老を過ぎた者に共通の体験と心理を詠んだ作品。当時48歳の芭蕉は同年3月末まで故郷伊賀に逗留していた。海苔に混じっていた砂を噛み当てたときの何とも言えない嫌な感触を、衰老の嘆きに結び付けている。
衰ひや歯に喰ひ当てし海苔の砂 芭蕉 元禄5年刊行の車庸編『己が光』には、この形に推敲された。上五で「衰ひや」と老いの感慨を端的に表出した後、中七下五で歯の一瞬の感覚に集中した具象的イメージを提示した。
「冬深し」「冬深む」は一年で寒さの最も極まる時期のこと。1月中・下旬の大寒の頃の寒さをイメージしたい。積もった雪は根雪となって残り、枯木や枯草は風に吹かれて音を立てる。防寒着に身を包む人々はわき目も振らずに通り過ぎる。どこを見ても真冬の情景。春が待たれる日々である。
掲句は毎日勤務先と自宅を往復していた頃の生活実感を句にしたもの。毎日同じルートを通って駅まで歩き、帰りも大体同じ道をたどっていた。夜遅くまで明かりが洩れている学習塾の窓や公園の暗がりを横目で見ながら歩くのが常だった。習慣化すると、ほとんど無意識のうちに足が動いた。令和4年作。
庭や公園の芝生や野の芝草は冬になると枯れる。枯れて一面の薄茶色になった芝は、日が当たれば暖かそうにみえ、雨や曇りの日には寒々とした感じになる。

猪(しし・いのしし)は豚の原種で、日本では北海道等一部の地域を除き、全国に生息している。田畑の作物を食い荒らすこともある。日本では古くからシシ汁、シシ鍋(牡丹鍋)として食べられてきた。
掲句は晩秋の頃秩父を訪れたときの作品。猪や豚の味噌漬けを売っている老舗の軒先に、皮を剥ぐ前の大きな猪が吊ってあった。もともと肉の味噌漬けは、猟師が獣肉を保存するために考案した肉の保存法だったという。12月2日・3日の秩父夜祭が近づいてくる頃で、町のあちこちで祭の準備が始まっていた。平成23年作。