烏瓜(からすうり)は蔓性多年草で林や藪にみられる。実は晩秋の頃、緑色から朱赤色に熟れる。
掲句の「空谷(くうこく)」は人影のない寂しい谷のこと。空谷にひとり真っ赤に熟れている烏瓜が、「唖亜(ああ)」とカラスのような声を出したという。全くの幻想の作だが、晩秋の頃枯れ急ぐ谷にぽつんと目も鮮やかに熟れている烏瓜の姿が見えてくる。俊敏なウィットを感じさせる作品だ。『俳句四季』2023年11月号。
烏瓜(からすうり)は蔓性多年草で林や藪にみられる。実は晩秋の頃、緑色から朱赤色に熟れる。
掲句の「空谷(くうこく)」は人影のない寂しい谷のこと。空谷にひとり真っ赤に熟れている烏瓜が、「唖亜(ああ)」とカラスのような声を出したという。全くの幻想の作だが、晩秋の頃枯れ急ぐ谷にぽつんと目も鮮やかに熟れている烏瓜の姿が見えてくる。俊敏なウィットを感じさせる作品だ。『俳句四季』2023年11月号。
朝顔は、花が咲き終わった後、子房が残って実ができる。実は萼に包まれており、秋が深まるにつれて、緑色から茶褐色に変わる。やがてからからに乾いた薄い皮の中から、黒い種子がこぼれ落ちる。

梟は夜行性の猛禽で、小動物、昆虫などを捕獲する。耳には羽毛がかぶっていて見かけ上は見えないが、ネズミ・モグラなどの動きを察知する耳は発達している。夜、ゴロスケホーホーという鳴き声でそれと知ることが多い。
掲句は、動物園の檻に飼われているフクロウを詠んだもの。昼は微睡んでいることが多いフクロウだが、ときには首を回して周囲を見渡すことがあるのだ。ところが、このフクロウは、顔の位置が元に戻りきらずに斜めを向いたままだという。詠んでいるのはただこれだけのことだが、少し不気味で愛嬌のあるフクロウの姿が見えてくる。『俳句』2023年11月号。
秋が深まる頃、それとなく感ずる寒さ。「そぞろ」は何となく、それとなく、訳もなくの意。季節の移ろいの中で、見るもの聞くものを心に受け止めて感ずる寒さ。人間の心理的な気分を内包する言葉。
