萩は花の後、細かい実をつけるが、間もなく葉を散らし始める。葉のほとんど落ち尽くした枯萩が風に吹かれるのは、冬の到来を感じさせる眺めだ。

萩は花の後、細かい実をつけるが、間もなく葉を散らし始める。葉のほとんど落ち尽くした枯萩が風に吹かれるのは、冬の到来を感じさせる眺めだ。

秋風や石吹き颪す浅間山 芭蕉 元禄元年8月、芭蕉は越人を伴い、『更科紀行』の旅にあった。木曾路を辿り、更科の月を賞した芭蕉は、その後善光寺に詣で、浅間山の南麓を通って江戸に帰った。掲句は真蹟草稿に残されている初案。「秋風」がやや常套的で、荒涼とした浅間南麓を吹く野分の激しさは十分には伝わってこない。
吹き颪す浅間は石の野分哉 芭蕉 吹き落す浅間は石の野分哉 〃 吹き落す石を浅間の野分哉 〃 いずれも真蹟草稿に残されている句形。芭蕉は初案に飽き足らず、何度も推敲を重ねたことが分かる。
吹き飛ばす石は浅間の野分哉 芭蕉 『更科紀行』に掲載されている最終形。荒肌を露出して荒涼とした浅間山麓の風土を眼前にした経験が、この推敲に生かされている。「石は」と石に焦点を当てて、野分の激しさを描き出した。
鵙は、繁殖期が過ぎて秋になると、縄張りを主張して高い梢などで鋭い鳴き声を上げる。その声は澄んだ大気によく透る。秋の到来を感じさせる鳴き声だ。
掲句は「戰」の文字に口の字が二つあるとの、文字上の気づきを述べながら、戦争の絶えないこの地球上の現実に対する、作者の嘆きをそこはかとなく感じさせる作品。戦争を憤り、戦禍の惨状を嘆いても、そのストレートな表出だけでは文学作品にならないことは、実作者なら誰でも承知していることだ。この句は、あからさまな主観や感情の表出を避けながら、戦争というこの世の不条理に無関心ではいられない作者の心の内を覗かせている。鵙の無心の鳴き声が救いになっているようにも思える。『俳句』2023年12月号。
ひと口に冬の空といっても、本州を縦断する山脈の影響で特徴が二分する。シベリアから強い寒気がやって来て、日本海側では曇りの日が多く雨や雪が降る。一方、太平洋側では、山から乾いた風が吹いて来るため、乾燥していて晴れた日が多くなる。
