稲を刈り取った後の刈株に萌え出る青い新芽のこと。稲刈りが早い場合は穂が出て実ることもあり、野鳥や家畜の餌になる。初めは青々としていた穭田も、霜の降るたびに枯れて冬を迎える。

稲を刈り取った後の刈株に萌え出る青い新芽のこと。稲刈りが早い場合は穂が出て実ることもあり、野鳥や家畜の餌になる。初めは青々としていた穭田も、霜の降るたびに枯れて冬を迎える。

蛤に今日は売り勝つ若菜かな 芭蕉 元禄6年歳旦の吟。真蹟懐紙に、「七草」との詞書を付して残されている。若菜が景気よく売れる江戸市中の風景。若菜は、正月7日の七草粥に入れる春の七草の総称。正月には吸い物などとしてもてはやされる蛤も、7日に限っては、若菜の売れ行きには敵わないというのだ。蛤は、芭蕉が住んでいた深川の名産でもあった。
蒟蒻に今日は売り勝つ若菜哉 芭蕉 『俳諧薦獅子集』には掲句のように改案されて収められた。初案、改案とも二物を比較している点では同様の着想だが、初案の「蛤」と「若菜」がいずれもハレの食材であるのに対し、改案の「蒟蒻」と「若菜」は対照的な食材であり、蒟蒻という食材のもつ庶民性・日常性が、若菜のもつ雅の印象を浮かび上がらせて効果的だ。蒟蒻は芭蕉の好物でもあった。市井の些事に情景を探った軽みの句。
青葉木菟はフクロウ科の夏鳥で、低山や神社の森などに飛来する。青葉の頃の夜、オスはホーホーと二声ずつ鳴く。
掲句は幻想による作品だが、「ことだま売り」との措辞に思わず惹きつけられた。ことだま(言霊)は言葉が持つとされる霊力であり、詩歌に携わる人々は、私を含めて、日々自らが作る詩歌のもつ言霊を信じて言葉で何かを表現しようとしている。実際にこの世に「ことだま売りの老婆」がいて、言霊が手に入ればとの願いが、この句の幻想につながった。『俳句』2023年10月号。