秋晴れは、秋の空が青く澄み、高々と晴れわたっていること。稲などの収穫が終わり、今年の新穀を供えて神に感謝する秋祭が行われるのも、この頃だ。
掲句は地元の神社の前に立っている一対の幟竿を見上げての作品。例祭の日には、氏子が奉納した幟が高々と掲げられ、風に靡くであろうことを思い描いた。この句から、祭当日の朝の晴れ晴れとした空を思い浮かべてもらえれば幸いだ。令和2年作。
秋晴れは、秋の空が青く澄み、高々と晴れわたっていること。稲などの収穫が終わり、今年の新穀を供えて神に感謝する秋祭が行われるのも、この頃だ。
掲句は地元の神社の前に立っている一対の幟竿を見上げての作品。例祭の日には、氏子が奉納した幟が高々と掲げられ、風に靡くであろうことを思い描いた。この句から、祭当日の朝の晴れ晴れとした空を思い浮かべてもらえれば幸いだ。令和2年作。
立春から数えて210日目。新暦では9月1、2日頃に相当する。この頃は稲が開花・結実する大事な時期で、農作物に甚大な影響を与える台風に見舞われることも多い時期である。そのため、農家にとっては油断のならないこの日を厄日として戒めるようになった。同様の理由から、二百二十日も厄日とされている。人々はこの日、風を鎮める祭りを行って収穫の無事を祈るようになったという。

気象学でいう巻積雲のことで、白雲の小片が群集・並列しているもの。その小さな雲片は規則的な配列をし、鰯が群れているように見える。前線や熱帯低気圧の接近時に現れるため、天候の悪化の前兆といわれる。この雲が現れると、鰯が大量に獲れるともいわれる。魚の鱗にも似ていることから、鱗雲ともいう。

鎌祝は、稲刈りが終わった後、稲刈りの主役を務めた鎌に感謝する行事。清めた鎌を神棚や床の間に飾り、赤飯や餅を供え、手伝いの人たちも招いてその年の収穫を皆で祝った。
掲句は、鎌祝という古くから行われてきた行事を埼玉北部の和菓子「五家宝」と取り合わせた作品。「五家宝」は、きな粉をまぶした素朴な菓子で、食べるとき粉にむせることがよくある。粉にむせているのは、祝いの席に招かれた客人の一人。この句から関東平野の刈田の風景を目に浮かべてもらえたら幸いだ。令和元年作。
八千草は秋草の傍題。秋になると野山には、花や実のついたものや穂草の類などさまざまな草がはびこるが、それらを全て含めて八千草という。目にする草々の多くは名も知らない草花であり、八千草といっても特定の草をさすものではない。秋の七草からいわゆる雑草まで広範囲に及ぶ。
