「初蝶」は、春になって初めて見掛ける蝶のこと。大抵は、不意に見掛けて、たちまち見失ってしまう。もうそんな時季になったのかと、改めて春になったことを実感する。よく晴れて、日差しが惜し気もなく降り注ぐ地面や草の上などで見掛けることが多い気がする。
川越の喜多院の五百羅漢は、実際には全部で538体あるという。笑っている羅漢、怒っている羅漢、耳に口を寄せて何か囁いている羅漢、相酌の羅漢などさまざまな羅漢がいる。その中に見掛けた、腕に顔を埋めて哭いている羅漢のことを、陽春の日差しの中でふと思い起こした。この世を拒むかのように、顔を伏せた羅漢は、一体何を嘆いているのだろう。平成20年作。『春霙』より。